花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

神奈川県・三崎・浦賀

神奈川県の遊里跡、三崎・浦賀を探索してきました。
「全国遊廓案内」によると三崎町北条遊廓は昔より船人相手の遊女が沢山いた所で、妓楼は五軒、娼妓四十四人とある。現在では北条湾に注ぐ狭塚(さづか)川沿いに当時の名残があります。

↓以前は料亭だったと思われる建物が一軒残っています。現在は、仕出弁当屋として営業中のようです。

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↓北条湾から狭塚川を望みます。川を挟み北条花街がありました。

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↓川沿いには呑み屋が並びますが、営業している様子はありませんでした。

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浦賀界隈
鉄道が敷かれ、横浜が開港されると衰退していった遊里跡。現在は殆ど名残はありませんでした。
↓浦賀紺屋町界隈の町並み

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2005年5月19日
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