花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

京都府・伏見撞木町

京都府の遊里跡、伏見撞木町を探索してきました。
全国遊廓案内によると撞木町遊廓の沿革は最も古く豊太閤の全盛時代が濫觴で、花街は非常に殷賑を極めたものであったが、後徳川幕府時代となって慶長15年に初めて幕府から公許を得て遊廓が出来たとある。総軒数二十軒、娼妓数約七十人とあるが、現在名残は殆ど残っていない。唯一残るが石柱(大門?)だけというのも古い町並みが多く残る京都にしては不思議だが、文化財指定もなく、案内板もない石柱だけが残っているのも此また不思議ですね。

↓廓入口の大門。かつてはアーチ状に飾り付けされていたのだろうか?

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↓裏側には大正七年八月吉日とあります。

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↓全体的に見て、まわりのお宅の築年数が結構新しいような気がしますね。
碑もありますが、案内板などはありませんでした。

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小雪舞う京の冬、京の冬はやはり寒かった。

2014年2月6日




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