花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

沖縄県・沖縄市(コザ)

沖縄県の遊里跡、沖縄市(コザ)を探索してきました。

早朝6時10分那覇バスターミナルよりコザに向け出発。2月の下旬沖縄の日の出は午前7時なので、6時は早朝ともいえぬ外はまだ真っ暗です。まあ、日の入りは18時20分位なので、東京と比べると夕刻は良いが、早朝散歩はちょっとですね。
約1時間程で沖縄市に到着します。

↓中の町社交街のアーチ。
丁度日の出時間に到着です。

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↓歓楽街探索は基本早朝がベスト。
地図サイトを見ても分かりますが、国道330号線と平行して、「中の町なかどおり」があります。

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↓アーチを反対側から眺めて見ました。

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↓中の町社交街は余り歓楽色が強くなく、呑み屋が連なる印象ですね。
建物も比較的新しい。横文字屋号が多い中、此方の屋号は何となく昭和っぽい。

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↓中の町なかどおりは名護方面に向け緩やかな下り坂。
お天気も良いので目的地コザ十字路迄2キロ強を歩きます。

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↓中の町商業地図

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↓中の町から歩き30分くらいでコザ十字路に到着しました。
ここが「コザの○原」と言う場所なのですね。

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↓遊里跡は丘の上のようです。
信号からの路地は何となく色里の雰囲気も感じ感じられますね。

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↓屋号看板の付いた建物も軒を連ねますが・・・。

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↑↓看板を取り払ったと思われる店舗もありました。
番犬のワンちゃんに吠えられっぱなしでした。早急に退散。

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国道沿いから丘に上がりコザの○原のエリアは結構広いです。
今回バス時間までの待ち時間は約2時間半。結構探索しましたが、
見落としもあるかと思われます。
他の方のサイトによると丘の上は白人専用、鄙びたアーケードがある「銀天街」奥は黒人専用の遊里とされていました。詳しくは他の方のサイトを参照して下さい。

↓此方の丘は夕刻には灯りが灯るのかな?
何となく寂れているようなエリアです。
まあ、朝っぱらから人影疎らも当たり前の事ですがね。
(よくありがちな他の方のブログ、「人影なく廃墟のようだ」←昼間は人はいないのです)

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↑↓硝子に手書きの料亭の文字が何ともいえない。カフェよりも高級感があるよね。
でも、どこが料亭なんだろう?

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↓町並みが碁盤の目ではないので、探索には面白い反面行ったり来たりです。
イメージとして丘の尾根に呑み屋集約されていました。

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↓コザの○原界隈に廃屋建物がありました。
かつては料亭か宿の佇まい。
ネット検索、コザ十字路廃墟で検索しても出てきませんでしたね。

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↓建物は玄関から渡り廊下のようなもので繋がれていました。
駐車場も完備されています。

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↓お玄関からちょっと失礼させて頂きました。

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↓コザの○原とコザ十字路を挟み対角線上にある照屋エリア、此方の遊里は黒人専用の呑み屋街とされていますが、現在その名残は殆どありませんでした。交差点前の銀天街というアーケード、もっとその奥んだったかも知れませんが、バス時間近くなり探索断念。北部のバスターミナル名護に向かいました。

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↓照屋エリアの商業地図。

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2015年2月18日



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