花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

佐賀県・武雄温泉

佐賀県の遊里跡「武雄温泉」を探索してきました。
↓武雄温泉街へは武雄駅より1キロ弱の距離で、江戸時代には長崎街道の宿場町とされていました。

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↓温泉街の中心に武雄温泉共同浴場(楼門、新館共に国重要文化財)があります。
この楼門は東京駅を設計した辰野金吾氏設計。大正3年に造られました。

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↓新館は武雄温泉資料館になっており、当時の様子を見ることが出来ます。
武雄温泉の歴史は古く、湯女はかなり昔から居て湯治客を慰めていたとされています。
楼門のお隣にはソープも在りました。

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↓武雄温泉新館内部

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↓武雄温泉通りから楼門を望みます。
老舗旅館は温泉通りと楼門近くにあり、近代庶民生活誌の武雄温泉に記載されている貸座敷は七軒、現在の残る同じ屋号の旅館は「旅館花月」があります。

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↓温泉通りからの脇道には、スナックなどの飲食店が軒を連ねています。

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2007年6月27日
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