花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

千葉県・船橋・松戸

千葉県の遊里跡、船橋、松戸を探索してきました。船橋(03年)・08年再訪。
↓船橋界隈(03年)船橋新地に唯一残る妓楼。かなりの大店だったと思われる。

2003_0130_132952AA.jpg

↓昭和の初め、千葉街道沿いに散在していた遊廓を一箇所に集められ、船橋新地と呼ばれるようになった。

2003_0130_132320AA.jpg

↓間口の倍ほどの奥行きがある。裏の建物は住まいだったのだろうか?
離れといった感じで繋がっています。

2003_0130_132516AA.jpg

↓裏口は休業中のクリーニング屋さんになっていました。

2003_0130_132635AA.jpg

↓新地近く、浄勝寺の境内にある通称「お女郎地蔵」。
八兵衛女郎と呼ばれた船橋宿の女郎衆が信仰してたという。

2003_0130_134423AA.jpg

↓船橋を訪れたのは5年ぶり。旧船橋新地の妓楼は変わることなく残っていたが、屋根部分の漆喰が剥がれ落ちています。道を挟んで広大な空地はゼファー(08年7月破綻)のマンション建設予定地。現在は看板のみ残る(08年)。

2008_1113_160739AA.jpg

_20081113_160020.jpg

_20081113_160008.jpg

_20081113_160041.jpg

↓船橋に在る大正10年創業割烹旅館の「玉川」は船橋新地の南側。国道を挟み当時の三田浜に現在も割烹旅館として営業をしています。

_20081113_154819.jpg

↓玉川旅館のお隣には高層マンションが建設中です。

_20081113_155007.jpg

2003年1月30日・2008年11月13日


松戸界隈(02年)松戸駅西口の商店街をまっすぐ西へ行くと江戸川の堤防へ突き当たる。
ちょうど樋古根川が江戸川に落ちる場所。右手には学生寮やマンションが建ち並ぶ一画が飯盛旅籠からなる歴史の古い松戸宿、平潟遊郭だった。戦後はそうそうと廃業を決め、学生寮に店替えをする業者が多く、今日でもこの付近には学生寮、日本大学歯学部松戸校舎などがある。

↓当時の面影を残すのはこの柳の木のみとなってしまった。大門通りには柳並木、通りの左右には奥行きのある大店があった。

2002_0321_142919AA.jpg

↓水神社

2002_0321_142708AA.jpg

↓平潟遊郭の裏方を流れていた樋古根川。当時は川面に映る灯りが美しかったと思われる。

2002_0321_143432AA.jpg

2002年3月21日


↓千葉市遊郭の在った千葉県栄町。現在はソープランド街になっています。日中は中々撮影することが出来ないですね。

_20081113_125612.jpg

↓千葉市栄町のお隣蓮池、30年くらい前までは花街として賑わっていた。
現在は殆ど名残はない。数軒の料亭、割烹が残るのみ。

_20081113_131055.jpg

_20081113_131656.jpg

2008年3月15日
関連記事
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する