花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

茨城県・玉川村・土浦

茨城県の遊里跡、玉川村、土浦を探索してきました。

↓水戸から水郡線で約45分の玉川村駅。
本数の少ない水郡線の玉川村滞在時間は30分と制約される中、駅周辺の探索を始める。

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↓駅前通りに残る建物。

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↓「赤線跡を歩く」の発行から約6年経ち(2004年時点で)、
建物が残っていないかも知れないと言う不安を持ちながら見つけた建物に一寸感動!

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↓道路沿いの割れた小窓から失礼致しました。台所だったのだろうか?
調味料が散乱しています。棚の人形が哀愁を誘います。

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↓駅側から見た全景。畑の中にポツンと廃屋が残っています。
往時の玉川村の記述では四軒十七名とありますが、本日の玉川村駅乗降客数、自分を含め上り下りとも三人、
北風強い快晴の空が眩しく、収穫ありの玉川村に大満足で帰路につきました。

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2004年1月8日


土浦界隈/2002年。
もともと土浦には遊郭は存在しなかったが、現在の桜町2丁目近辺にはソープランドなどが建ち並ぶ女性街になっている。土浦駅西口より南へ10分ほどの距離、桜川べりの桜川橋と匂橋の間に点在する建物(現在は営業していない)に赤線時代の名残がある。

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↓実際はもっと通りの中に入れば面白かったかもしれないが、何せ営業中のソープ街、呼び込みのお兄さんの目が恐い。此方の建物は正面入口は洋風、奥は和風と和洋折衷の建物。

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↓現在は営業していないソープか旅館。入口には「徳川」の屋号が残る。

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2002年3月21日


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