花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

東京都・芝浦・大井・大森新地

東京の遊里跡、芝浦、大井、大森新地を探索してきました。
芝浦は明治時代からの古い花街でかつては大臣クラスの遊び場だったとある。
昭和四十一年、料亭七軒芸妓五十人程。現在は都内最後の木造見番が旧協働会館として残っています。
↓2009年に再訪。全体的にネットで覆われていました。

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↓2002年時はさほど覆われていませんでしたが、正面写真を撮っていなかった。
多分、駐車車両が停まっていたと思われます。

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↓芝浦界隈の料亭風の建物(2002年)

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京浜急行大森海岸に近い大井花街。
昭和四十一年の「東京横浜夜を楽しむ店」には料亭二十五軒、芸妓八十人とある。
↓現在名残は全く残っていない。数年前まで道路右側に数軒の料亭が建ち並んでいる写真を見た事があります。

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↓大井界隈

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↓唯一残るは洋食入舟が当時の雰囲気を残しています。

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大森新地界隈。
京浜急行平和島の程近く、昭和四十年料亭四十軒、芸妓六十人程とある。
↓「赤線跡を歩く・青本」大森新地同場所からの現在です。左側のお宅は駐車場になっていました。

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↓大森新地界隈

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2006年1月26日
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