花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

東京都・玉ノ井

スカイツリー効果で活性化しつつある東京城東地域、玉ノ井を再訪してきました。

戦前は玉の井、戦後は鳩の街。小説や映画の舞台になった色街は現在の東武東向島駅をはさみ南北に分かれています。玉の井は大正7、8年頃より許可がおり、震災後には浅草等から移って来た業者により、玉の井駅の東側の田圃が埋め立てられました。 玉の井名物ラビラント(迷路)「この道抜けられます」「ちかみち」はもともと湿地帯だったところに、各人が勝手に家を建てた為、迷路のような路地が出来上がったと言われています。
現在の玉の井は東向島駅から高架沿いに鐘ヶ淵方面にしばらく歩き、いろは通り商店街に入ります。
戦前はその右側が「抜けられます地区」。戦後は全焼した右側の区域に代わり、北側の辛うじて焼け残った住宅を利用して再開されましたが、昭和33年の売春防止法成立により次第に姿を消していきました。今ではその大半が住宅、マンションに建て替えられましたが、わずかに当時の建物をそのまま使っている家々やスナック、飲み屋にその名残りがあります。

玉ノ井を初めて訪れたのは2001年で、知り合いから教えてもらった木村聡著「赤線跡を歩く」を読み、何故かカフェスタイルの豆タイルに心惹かれたのが跡探索をの始まりだった。
↓此方の建物は06年探索時に撮影。現在は残っていない。

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↓戦後の赤線時代の玉ノ井、目抜き通りだった通りには現在も3軒のスナックが並んでいます。

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しかしながら、向かい側は更地になっていました。

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↓三軒並ぶスナックも一軒は休業中のようです。数年前の画像ではスナック花月でした。現在は白看板。
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数年ぶりの玉ノ井探索ですが、界隈を隈無く歩くとまだまだ新しい発見もありました。
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↓此方のスナックは石のような壁紙で外壁リフォームをされている。

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↑よく見ると壁紙が剥がれ、縁取りにグリーンのタイルが見えます。鑑札は「簡易料理店」。
路地裏界隈。↓

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↓此方のお宅は玉ノ井のランドマーク的建物ですね。以前TVオンエア、アド街「東向島」でも12位で紹介されていましたね。
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↓2001年探索時に見つけたお宅も忽然と姿を消してしまいました。

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2001年12月20日・2006年7月27日・2012年2月17日
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