花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

香川県・琴平・丸亀・多度津

香川県の遊里跡、琴平、丸亀、多度津を探索してきました。

琴平界隈
「夜の女性街・全国案内板」によると、森の石松が泊まったという虎屋という宿まで残っている遊興の街とあり、芸妓は四十三名とある。また、赤線は橋を渡り路地裏一帯に五十軒、百七十名程。また芸妓は五、六名を除けば泊まるともあるので、
芸妓、娼妓と棲み分けされていたのでしょうか?曖昧さいっぱいです。
↓金比羅宮参道に架かる橋、赤線は通称「赤橋」と呼ばれていました。

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↓琴平界隈の町並み

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↓金比羅宮参道には大店の旅館もありました。

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多度津界隈
多度津の遊里は三洋汽船の発着場を前に、西浜と東浜に分かれ、東浜は商店街、西浜が戦前までの遊里になっていたという。昭和の初め頃、妓楼十九軒とある。寅さん映画の何作目かは忘れたが、タコ社長が「多度津にはよい女がいたなぁ」というセリフを思い出した。
↓多度津界隈の町並み

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丸亀界隈
旧福島遊廓。明治二十年頃設立され、昭和初期には妓楼十六軒とある。
↓丸亀界隈の町並み

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↓港のそばの旧新堀遊廓。新堀港は金比羅詣での船が着く寄港地だった。
新堀界隈の町並み

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2005年4月21日
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